1st Story

Chapter00: 残念で悲惨な彼の事情

He is too bad and miserable.

アメリカ合衆国カリフォルニア州、バークリー。
日本でも有名な観光地サンフランシスコの対岸にある、学生で賑わう街に一人の青年が住んでいる。

彼の名はナナヤ・ハーディング。23歳、職業・機械エンジニア。
品行方正にして成績優秀、飛び級で名門大学工学科を卒業し、この年齢にしてPh.D(工学)持ち。収入も『結構』ある。面倒という理由で滅多に切らず、長く伸びた黒髪の間からは眼鏡に隠れながらも端正な顔立ちが垣間見える。身長も高く自己申告で185cm。そして何故か筋肉質でスタイルも良い。いわゆる『超ハイスペック理系男子』だ。さぞかし女性にモテるだろう。

しかし、現実は残酷である。

まず、学生の頃から男性ばかりに囲まれた研究生活を送っていたため、そもそもの「出会い」が無かった。

次に生活パターン。起床後、両親が経営するレストランの仕入れと仕込みを手伝い、続いて近所に住む自らの師とも言うべき『先生』こと現職の雇い主の家で朝食を作る。そして出勤。仕事を終えると即帰宅し、再びレストランの手伝い。その後彼は趣味のゲームに没頭し、軽くシャワーを浴びて就寝する。

このような生活を送っていては出会いも何も無い。

そして彼には致命的な弱点がある。
『女性との接し方を知らない』のだ。
彼が接する女性は母と唯一のレストラン従業員、レストランの女性客、職場に現れる女性クライアント、そして『先生』の娘。

更にタチの悪いことに、彼は非常に内気な性格で内向的である。物静かで人付き合いは苦手。それ故友人も少なく、会話は丁寧な言葉遣いだが淡々としがち。そして内向的な人間にありがちな、一人黙々と思考に力を注ぐタイプなのだ。

男性相手は学生時代に同級生や教授に鍛えられ、そこそこ人付き合いに慣れたものの、女性が相手ではかなりハードルが高い。簡単な挨拶や一言二言の世間話は何とかなるが、それ以上の会話が続かない。挨拶の軽いキスなど以ての外だ。

そして会話が続く女性は母とレストランの従業員だけ。その彼女も年齢が10近く離れている上に人妻だ。これでは、同年代の女性を相手にするのは無理難題でしかない。

加えてレストランの女性客に対しても、時折職場に現れる女性クライアントに対しても、彼が語る言葉はほぼ定型文のような気の利かないものばかり。嫌われこそしないが、女性からすれば完全に期待外れ、恋愛候補のうちにも入らない、である。

では、残りの一人、『先生』の娘はどうか?
結論から言うと『無理』である。

彼より2つ歳下の彼女は、一般的基準で見ると『かなりの美人』であり、彼女の特徴でもある『天然のプラチナブロンド』の髪も相まって近隣ではよく知られた存在だ。そして彼の自宅のすぐ近くにはCal(カリフォルニア州立大学)バークリー校がある。直接話す機会が無くてもその容姿から憧れを抱いている学生が少なからず居ても不自然ではない。つまり、同年代のライバルが潜在的に多く、彼を心理的に萎縮させてしまっている。

理由は他にもある。彼女と『同い年の弟』の存在だ。彼女は訳あって『先生』の養子である。しかし、家でも外でも、まるで双子のように弟と一緒に居ることが多く、また、高確率で弟の方から彼に声を掛けられるため隙を見つけることが難しい。この弟に関してはまた別の理由があるのだが、今は触れないでおこう。

そして彼自身の生活パターン。
理由あって、彼はほぼ毎日『先生』の所へ朝食を作りに行っている。その時、たった数分間だけだが彼女に話しかけるチャンスが訪れる。しかし、殆どその前に『先生』か彼女の弟に話し掛けられてしまうのだ。

これでは会話が続くか続かないかの問題以前に、彼女に話しかけることそのものが難しい。彼にとってはかなりの『無理ゲー』状態だ。ゲームの難易度に例えれば『ナイトメアモード』に相当すると彼は思っている。

……以上の理由から、彼は出会いも無く、あったとしても数少ないチャンスを逃す。
その結果が『彼女が居ない歴=年齢』。

本当に、現実は残酷である。いや、悲惨である。
いっそのこと開き直れば別だが、そんな彼でも人並みに恋愛感情があることが問題なのだ。

想いを寄せる相手は『先生』の娘、名前はレア。
ほぼ毎日顔を合わせていても、彼女と話せるのは週に一言二言程度だ。

しかし、彼は彼女と顔を合わせる度に思っている。

『彼女は何かが変な気がする』と。